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前橋地方裁判所 平成6年(ワ)508号 判決

原告

塚越正夫

右訴訟代理人弁護士

尾関正俊

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

矢吹雄太郎

外一一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、九〇〇万円及びこれに対する平成六年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外中山一郎(以下「訴外中山」という。)は、昭和五八年六月三〇日から、群馬県伊勢崎市東本町三七七番地七所在の伊勢崎東本町郵便局に特定郵便局長として勤務し、同郵便局で行う郵便事業、郵便貯金事業、郵政為替事業及び簡易生命保険事業等の事務を統括するとともに、分任繰替払等出納官吏の任命を受けて同郵便局で扱う現金の出納・保管を司るなどの業務に従事していたが、別件業務上横領事件の発覚により、平成六年四月九日懲戒免職されたものである。

2  訴外中山は、保険・貯金の勧誘等で、原告方に出入りしていたが、平成三年一〇月二五日ころ、原告方に来た際に、「今は金利も安くなっているが、自分達局長しか加入できない局長会という組織があり、郵政省がバックアップしている。局長しか投資できないが、自分が代わって投資して運用してあげるから」などと述べて、借用金名下に五〇〇万円を預かっていった。

3  同じように、訴外中山は、原告から、平成四年五月二九日ころ、四〇〇万円を預かっていった。

4  ところが、訴外中山は、当時絵画取引に失敗し、その損を取り戻そうと金融ブローカーに金を借り、その返済や競艇をやる資金を捻出するため、郵便局の得意先である原告らに嘘を言っていたもので、原告から借用金名下に預かった前記金員も、返済の当ても、返済の能力も無いのに、虚偽の事実を述べて原告から騙取したものであった。

5  訴外中山は、その後、前述のとおり、別件業務上横領事件が発覚して、懲戒免職されたが、この業務上横領事件の審理中である平成六年六月自己破産の申立をし、同月二九日午前一〇時破産宣告を受けている。

6  右破産事件において、原告ら担保権を有していない一般債権者に対する配当見込みはなく、原告は前記九〇〇万円の損害を被った。

7  被告は、訴外中山の使用者として、民法七一五条に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。

8  よって、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、訴外中山が保険・貯金の勧誘等で、原告方に出入りし、平成三年一〇月二五日ころ、原告方において借用金名下に五〇〇万円を預かったことは認め、その余は不知。

3  同3の事実のうち、訴外中山が、原告から、平成四年五月二九日ころ、借用金名下に四〇〇万円を預かったことは認め、その余は不知。

4  同4の事実は不知。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実は不知。

7  同7は争う。

原告の主張する訴外中山の原告からの前記借入行為は、国の「事業の執行」とは全く関係なく、訴外中山と原告との個人的貸借行為に過ぎないものであって、何ら国に賠償責任を生じさせるものではなく、原告の主張は理由がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実については当事者間に争いはない。

二  また、請求原因2の事実のうち、訴外中山が保険・貯金の勧誘等で、原告方に出入りし、平成三年一〇月二五日ころ、原告方において借用金名下に、五〇〇万円を預かったことは争いがない。

原告本人尋問の結果及びそれにより成立の認められる甲一二号証、成立に争いのない甲第一及び二号証、原告作成部分については原告本人尋問の結果より成立が認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第一〇及び一一号証を総合すると次の事実が認められる。

訴外中山は、特定郵便局である伊勢崎東本町郵便局の郵便局長として、保険や貯金の勧誘等のため原告とは相当親しい交際のあったものであるが、前記五〇〇万円の受領の際には、原告に対して、郵便貯金の利率が安くなっているが、自分が加入している局長会においてならば有利に運用できるからとの趣旨を述べて、右金員を受領した。

そして、訴外中山は、甲第一号証の借用証書を甲第一〇号証の伊勢崎東本町郵便局との印刷がなされている封筒(但し、手書きでなされている表書の部分を除く)に入れて、原告に差し入れた。

三  請求原因3の事実については、訴外中山が、原告から、平成四年五月二九日ころ、借用金名下に四〇〇万円を預かったことは当事者間に争いはない。

前掲各証拠によれば、前項とほぼ同様な状況で、訴外中山は、原告より四〇〇万円を受領し、甲第二号証の借用証書を甲第一一号証の伊勢崎東本町郵便局との印刷がなされている封筒(但し、手書きでなされている表書の部分を除く)に入れて、原告に差し入れたことが認められる。

四  次に、請求原因4の事実について判断する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第八ないし九号証によれば、次の事実が認められる。

訴外中山は、昭和五五年ころに知人に勧められて、絵画に投資する取引を始め、平成二年末ころより、その取引で損をするようになった。そこで、その穴埋めにしようと競艇に手を出すようになり、それにも失敗した。そのため更に、その損を取り戻すための競艇の資金等を得ようと金融ブローカーに高利の金を借りたが、その返済に窮して、結局、郵便局の得意先である原告らに、返済のあても、返済の能力も無いのに、郵便貯金の利率が安くなっているが、自分が加入している局長会においてならば有利に運用できるので、自分に金員を預けてくれれば有利な利息を付けて返済できるとの趣旨の虚偽の事実を述べて、原告から借用金名下に前記金員を受領し、これを原告から騙取したものである。

五  請求原因5の事実は当事者間に争いはない。

六  請求原因6の事実については、前掲甲第八ないし九号証によれば、訴外中山の破産事件において、原告ら担保権を有していない一般債権者に対する配当見込みは殆ど無く、原告は前記九〇〇万円の損害を被ったことが認められる。

七  そこで、本件の主要な争点である請求原因7について判断する。

訴外中山が、原告より、前記五〇〇万円及び四〇〇万円を受領して、原告に九〇〇万円の損害を与えたことが、民法七一五条に言う「事業の執行に付き」なされたものか否かについて検討する。

民法七一五条に言う「事業の執行に付き」とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲に属するものと認められる場合をも包含することは、確立した判例となっている。

まず、訴外中山の職務の範囲について検討する。同人が特定郵便局である伊勢崎東本町郵便局の郵便局長であったことは当事者間に争いはなく、原本の存在及び成立に争いのない乙第三号証によれば、特定郵便局長の職務は「郵便・郵便貯金・郵便為替・郵便振替・簡易生命保険・郵便年金および電気通信等の現業事務を経営的立場より管理監督することを主とする職務」であることが認められる。

原告本人尋問の結果及び前掲甲第一及び二号証、甲第一〇及び一二号証を総合すると次の事実が認められる。

原告が、訴外中山に、五〇〇万円と四〇〇万円とを交付した事情は、前記認定のとおりであるが、その際、原告は、甲第一及び二号証の借用証書を受け取った。原告は、右借用証書を受け取った時には、中身を見ていなかった旨本人尋問の結果において供述しているが、右各借用証書には、原告自身の印鑑による割り印が押捺されていること、これは原告自身が押捺したものであること(原告は当初自分で押捺したことを認め、後にこれを否定しているが、後の部分は採用できない)から、原告は右受領時に中身を確認しているとすべきである。甲第一及び二号証は、一見して明らかなように、訴外中山が、自己の父親を連帯保証人として、各金員を借用した旨を記載した私文書としての借用証書であって、それには、特定郵便局長の職務として作成されたものと認めるべき外形は全く存在しない。それが、伊勢崎東本町郵便局との印刷がなされている封筒である甲第一〇及び一一号証に入っていたことは前記認定のとおりであるが、それによって、右借用証書が、特定郵便局長の職務として作成されたものと誤解することは考えられない。

原告は本人尋問の結果において、訴外中山が伊勢崎東本町郵便局長であることから、同人を信用して、右金員を預けたことを強調するが、それは、右職にあることから訴外中山個人の信用を信頼したものと認めるべきであり、同人の職務の外形を信頼したものとは考えられない。

そもそも、原告の主張自体が、原告が訴外中山に預けた金員は、郵便局長しか加入できない局長会に投資するという趣旨のもので、訴外中山が原告に代わって投資して運用するというものであるから、元来正式な郵便局長の職務とは異なる性質の金員の預託であり、しかも、原告との関係でその金員を受託する者は、直接には訴外中山個人であることは、原告自身承知していたものと言うべきであるから、訴外中山の職務執行行為ではないことを察知していたと考えられる。

よって、原告の請求原因7の主張は認められない。

八  以上のとおり、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官鈴木航兒)

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